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2022.05.17 | 医療

心臓リハビリを、変える。

 2019年某日。スポーツ領域での展開を目指し開発が進められていた汗乳酸センサですが、ビジネスとして軌道に乗せるためのトラクション(成功の兆し)を得ることは容易ではありませんでした。打ち合わせを重ねていく度に、ツールとしては優秀でも、スポーツの現場で抱えている課題を解決するためには、いくつものハードルを超える必要があると痛感したのです。

 悶々とした状況の中、慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センター(※当時の所属は循環器内科)の勝俣医師へ、弊社代表・中島が相談をもちかけました。2人はかつて同大学ゴルフ部の先輩後輩の間柄。面白いツールがあると、汗乳酸センサを紹介しました。医師として、日々心不全の患者へリハビリを行っていた勝俣氏は、これは医療の在り方を変える可能性があると、研究に取り組む決意を固めたのでした。

 

 心臓リハビリテーション(以下、心リハ)は、心疾患を抱える患者の社会復帰を目指し、医師が処方する運動療法プログラムです。代表的なものとして心肺運動負荷検査(CPX:Cardiopulmonary Excercise Test)があります。エルゴメーターなどの機器を使って患者が運動を行い、徐々に負荷を上げていくと、息に含まれる二酸化炭素濃度の変化などから有酸素運動→無酸素運動に切り替わるポイント(AT:Anaerobic Threshold、嫌気性代謝閾値)を検出できます。心臓に負担のかからない適切な運動はどの程度なのかを診断することで、日常生活での心不全のリスクを避けることができるのです。

 年々増加する患者数とともに、心リハの重要性は高まっているにも関わらず、医療施設全体に占める実施率はとても低いのが実情です。高額で大型の装置が必要なこと、マスクを付けるなど患者への負担が大きいこと、煩雑で難しい操作の習熟に時間を要すること、が普及の妨げとなっています。

 

CPX検査の様子

 CPX検査で測定するATと、血中乳酸値が上昇するポイントであるLT(Lactate Threshold、乳酸性閾値)に相関があることはこれまでの研究で示されていました。汗乳酸が、これらの数値と相関があることを示せれば、これまでの方法にとって代わることで課題を解決し、心リハの普及が一気に進む可能性があるのです。

 同年9月、AMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の公募へ採択が決まり、医療機器としての汗乳酸センサを目指す道のりがスタートしました。この研究では2022年までの3年間で100例以上の患者で汗乳酸を計測、検査における有用性を示した論文がリリースされ、世の中へ大きなインパクトをもたらしました。

 

 Scientific Reports: A novel device for detecting anaerobic threshold using sweat lactate during exercise

 

論文の、その先へ。

 同年10月には、東京都の補助事業「先端医療機器アクセラレーションプロジェクト」(AMDAP)にて、対象事業者の1社に選定されました。汗乳酸センサを、まずは医療機器として成功させる――半年前に包まれていたはずの霧は晴れ、ビジネスとしての方向性が固まっていきます。プロジェクトでは数多くのアドバイザーによる支援を受け、2021年には補助金を頂く運びとなりました。

 2021年、JST(日本科学技術振興機構)による大型プロジェクト「共創の場形成支援プログラム」(COI-NEXT)の参画企業として、汗乳酸データを含む生体情報の統合データベースを構築することになりました。はるか未来、AIやビッグデータを駆使して、人の健康をナビゲートすることが当たり前になる・・そんな社会を夢見て、数多の研究が生まれようとしています。

 

 2022年からは慶應義塾大学での医師主導治験が始まり、医療機器を目指す道程はターニングポイントを迎えようとしています。医師にとっても、患者にとっても負担のない医療を。研究とビジネスの両輪で、世界初の挑戦は続いていきます。

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